プロフィール

中野まさしのあゆみ

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昭和23年2月29日(うるう年)塩釜市に生まれる。
小学校時代はワンパクそのもの。ガキ大将ぶりは地元で今も有名。
「だれも見ていないところで、人のいやがるドブ掃除をやったお前は、将来必ず何かやる男」
6年生の担任、岩井哲夫先生の言葉に幼いながら、政治家を夢見る。

 

東北学院中・高・大(法学部卒)と学び、他者への愛、奉仕の精神を しっかり植えつけられる。高校、大学時代には土木作業のアルバイトに精を出し、当時のあだ名は「ドッチャン」。
在学中は毎年、弁論大会で活躍し、大学1年時の学内大会での優勝が将来に自信を持たせた。

 

卒業後、15年間、国会議員秘書として八面六臂の活躍を続ける。
昭和58年、62年、平成3年、宮城県議会議員に三期の高位当選を果たす。
県議会総務企画、文教警察常任委員長などを務め、在職中の行動、提言は数多く県政に採り入れられ、その活躍ぶりは勇名を馳せた。

 

1996年10月、衆議院宮城県第二選挙区(仙台市宮城野区・若林区・泉区)より衆議院議員に初当選。政治制度改革の一環で、初めて導入された小選挙区制度での初当選組で、これまでの中選挙区制度時代に議員活動を縛った「派閥の論理」、「永田町の論理」に捕われない行動力は、大いに話題を呼び大きな評価を得る。自民党宮城県連会長などを経て, 衆議院地方行政委員会理事等を務める。

 

2000年6月、二期目を目指した衆院選で無念の落選。浪人生活中は、多くの仲間に支えられ地元を中心に政治活動を続ける。

 

2003年11月、雪辱を果たすべく挑戦した衆院選にて復活当選。衆院決算行政監視委員会理事、衆院国土交通委員会委員を経て、小泉内閣にて国土交通大臣政務官を2期務める。

 

2005年8月、三期目の当選。自民党治安対策特別委員会事務局長、党国土交通部会長、党振り込め詐欺撲滅ワーキングチーム座長、党飲酒運転根絶プロジェクトチーム座長を経て、経済産業副大臣に就任。副大臣として中小企業対策、原油価格高騰対策、農商工連携、地球温暖化対策等に取り組んだ。

 

現在、衆議院経済産業委員会理事、自民党政務調査会審議委員、党広報本部文化スポーツ局長等を務める。(平成20年8月)

 

消防士のサラリーマン家庭に育った庶民感覚、「やり抜く」責任感、情熱あふれる行動力、ざっくばらんな性格は数多くの人に好かれ、大のスポーツマンでもある。家族は田鶴子夫人と1男2女の5人で、アットホームなファミリー。

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現在の主な役職

衆議院

・経済産業委員会 理事

 

自由民主党

・政務調査会 審議委員
・広報本部 文化スポーツ局長
・飲酒運転根絶プロジェクトチーム 座長
・宮城県第二選挙区 支部長

 

その他

宮城県サッカースポーツ少年団協議会会長
宮城県サッカー協会副会長
宮城県セーリング連盟会長
宮城県トライアスロン協会会長
宮城県ボウリング連盟会長代行
仙台市テニス協会会長
宮城県野球スポーツ少年団協議会・仙台市早起き野球協会・仙台市ソフトボールリーク協会・仙台中高年野球協会・TG剣友会・日本空手武道専門学院など顧問
仙台市身体障害者福祉会・宮城県重症心身障害児・者を支援する会・宮城県身体障害者交通安全友の会・宮城県私立幼稚園PTA連合会・ボーイスカウト宮城県連盟など顧問
仙台海洋少年団団長
日本おにぎり隊(難民への支援隊。アフリカ・インド・パキスタンで活躍し、2003年はミャンマーへ)など顧問
仙台アシストの会(世界の恵まれないこどもたちへの支援ボランティア)仙台高砂ライオンズクラブなどメンバー

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中野まさし

1996年10月に、衆議院議員に初当選して以来、情熱溢れる行動力で活動しています

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