政治家と官僚の在り方を考える
今日も朝の街頭活動からスタート。先週末の地域のお祭り巡りから、昨日のスタートダッシュで張り切り過ぎたのか、喉を痛めてしまいました…
それでも何十年と酷使してきた私の声帯ですから、午後からは徐々に回復しました(笑)。
さて今日は、「政治家と官僚のあり方」について触れてみたいと思います。
先日もブログで城山三郎先生のエッセー集『無所属の時間に生きる』に触れましたが、現在、TBS系で放映されているドラマ『官僚たちの夏』も城山先生の原作です。舞台は昭和30年代・1960年代の通商産業省(現・経済産業省)。国家産業を守り育て、当時はまだ発展途上国であった日本をアメリカに負けないような一流の国家にするべく、主人公の風越信吾を中心にストーリーが組み立てられていきます。
私は、衆議院議員在任中に経済産業副大臣を2期務めましたが、自由闊達に天下国家のあるべき経済政策を職員同士が議論し合い、残業も厭わず一心不乱に業務に励む気風は、ドラマ当時の通産省の気風を現在でも受け継いでいると感じたものです。(副大臣時代の秘書官Aさんも高校時代に、この本を読んで熱くなったと言っていました!)何かと官僚に対する風当たりの強い昨今ですが、多くの官僚が霞ヶ関で真剣かつ真面目に日本のために働いているという事実を、皆さんに是非知っていただければと思います。
しかし、一方で、今のままのシステム全てが良いわけではありません。やはり長年続いた制度自体に金属疲労が起こっています。私が霞ヶ関の官僚に接した印象では、個々の方々は素晴らしい見識と政策論を持っているのですが、それが一つの部局・省という組織に集約されると、自らの分野の政策実現を目指すがあまり、他の政策分野への配慮がなおざりになってしまう傾向があるのです。いわゆる“横串し”の通った連携が足りません。
この点を修正・改善して、国民の代表者として全体最適な政策を実現するのが政治の役割です。私たち与党は首相直属の機関・内閣官房と各省の総合調整機能を持つ内閣府の機能強化、各省段階での政策調整を円滑に行なうために、政治家が各省で政策決定をより充実して行えるようにする大臣・副大臣・大臣政務官制度の創設などを行なってきました。また、いわゆる高級官僚の天下りに対する批判、予算の無駄遣いと言われるような事務事業があるという批判などもあり、これらを厳しく監視し、襟を正すことを求めていくのもまた政治の重要な責務であると改めて感じております。
その意味で、先週の読売新聞の社説は非常に良い問いかけだと思います。民主党が主張するような、単に役所に政治家を大勢送り込めば、それが即、官僚政治の打破・国民生活の実現が本当に出来るのか、今一度考えてみるべきではないでしょうか。社説中にある内閣人事局の設置を盛り込んだ与党の国家公務員制度改革関連法案は、民主党の審議拒否で、審議すらされずに廃案となってしまいました。取り組むべき改革は、単なる欧米の模倣に終わるのではなく、日本の官僚制度に最も適した形で成し遂げることが大切なのではないかと考えます。
【参考記事:7月24日付・読売社説】
政と官 官僚をリードする識見を持て
国会議員が官僚をリードする政治本来の姿に戻すにはどうすべきか。
今回の衆院選で、民主党は「官僚主導政治」からの脱却を掲げている。政権交代できれば、自民党流の政策決定方式を転換するという。
民主党がやり玉に挙げているのが、政府・自民党の「二元的政策決定」だ。政治家主導の議員立法はあるが、政策の多くは官僚が法案化し、自民党の政調・総務会の了承を得て閣議決定される。
この過程で「官僚依存」が定着し、族議員が業界利益を法案に反映させる「政官業の癒着」が生じるというのが民主党の見方である。
このため、民主党は党政調会長を重要閣僚として入閣させ、党と政府の政策決定の一元化を図る。さらに各府省に100人余の政治家を送り込んで、大臣、副大臣、政務官の政務三役会議を開き、府省への指導性を強めるという。
しかし、これで政府・党一体の政策決定はどこまで可能なのか。狙い通り機能させるには、官僚を自在に動かさねばなるまい。
首相補佐官に代えて国家戦略スタッフを置く案もある。多数の政治任用によって、官僚の影響力を抑える狙いだろう。
政権交代の度に局長級以上の幹部公務員が入れ替わるような、米国の政治任用が念頭にあるなら、それは日本になじむのか。猟官運動の弊害も指摘されている。
自民党は、省益優先や縦割り行政を打破するため、国家公務員制度改革を進めてきた。
通常国会には、幹部人事を一元管理する内閣人事局設置を盛った法案を提出した。各府省に委ねられてきた約600人の幹部人事を内閣官房で行うものだ。
民主党の鳩山代表は以前、政権誕生時は、局長級以上に辞表を提出させると表明し、のちに撤回した経緯がある。政治による人事への過剰介入は、党派性を持ち込み、官僚の公正・中立性を歪める。あってはならないことだ。
一方、公務員の側も、薬害問題での不作為や税金の無駄遣いなどで国民の批判を浴びてきた。
政治家が提示する目標に従い、政策を着実に遂行するという公務員の本務に立ち返る時だ。
その大前提として、行政の専門家である官僚を導く識見と能力が、政治家に求められている。
政官関係の制度見直しに試行錯誤はあってよい。ただ、単純に欧米流を模倣せず、日本の実情を踏まえて検討されるべきだろう。